これが天才か!ヴィヴィアン・マイヤーの写真集”Vivian Maier: Street photographer”がオススメ!

皆さんこんにちは!今回は「写真集をちゃんと見よう」企画第2弾です。ちなみに第1弾ではロバート・フランクの”The Americans”を買ってみました。

写真集を買ったことありますか?ロバート・フランクの"The Americans"を買ってみたらすごくよかったよ!

2016.01.08

今回はヴィヴィアン・マイヤーの”Vivian Maier: Street photographer”を買ってみました。とてもよい写真集だったので紹介させてもらいます。

正確にはヴィヴィアン・マイヤーの写真をジョン・マルーフ(John Maloof)が編纂した写真集なので著者はマイヤーとマルーフなのですが、それについては後述します。

ヴィヴィアン・マイヤーとは誰か

2015年に日本でも公開された映画「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」で有名になったのですでにご存じの方も多いと思いますが、この写真集について語るには彼女の来歴について書かないわけにはいかないので、簡単に触れておきます。

ヴィヴィアン・マイヤー(1926-2009)は、アマチュア写真家として10万枚以上のフィルム写真を撮影しましたが、それらを1枚も発表することなくその生涯を終えた女性です。死亡する直前の2007年に貸し倉庫の維持費を支払うことができなくなったため、その中にあった膨大なフィルムがオークションに掛けられ、それを手に入れた収集家のジョン・マルーフがその写真をFlickrに公表したことから、その才能が評価され、一気に人気に火が付きました。

ここで注意していただきたいのは、このオークションは「ヴィヴィアン・マイヤーという有名な写真家が残したフィルムをファンが競って取り合った」という類いのものではないということです。貸し倉庫の維持費を支払えなくなったので、未払いとなったその倉庫の中身を管理会社が処分するために開いたものでした。ガラクタの処分市といってしまってもいいでしょう。マルーフはその中に埋もれていたフィルムをただの気まぐれで入手しただけなのです。どんな人が撮ったのか、どんな写真が写っているのかもわからないまま、本当に気まぐれで落札したようです。

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購入後にその写真のクオリティーに驚いたマルーフは、上述したように写真をFlickrにて公開しました。多くの好意的な反応から確信を持った彼はマイヤーのフィルムを更に買い集め、彼女がどんな人だったのかを調べ、写真集を出版、さらにはその一連のストーリーを映画にしました。それが「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」です。

私はまだこの映画を見れていないのですが、「無名のまま生涯を終えたアマチュア写真家が」「その死後に作品が発掘・評価され」しかもそれが「著名な評論家やキュレーターによるものではなく、インターネット上で拡散した」というのが、いかにも現代的なサクセス・ストーリーと言えるではないでしょうか。まあ彼女自身はかなり閉鎖的な人物で、人付き合いもほとんどなく、このように有名になることを全く求めていなかったようなのですが、そのミステリアスさもまた人気に拍車をかけました。

“Vivian Maier: Street photographer”

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マルーフは最初のオークションで約30,000枚のネガフィルムを入手し、その後彼女の全作品の内90%に当たる150,000枚のネガフィルムをかき集めました。これまでに何冊かの写真集がマルーフにより発表されていますが、今回はamazon.comで一番人気の”Vivian Maier: Street photographer”を購入しました。自分が路上スナップを撮っていることもあり、興味があったのです。

結果から言うと、とてもよい写真集で、強い衝撃を受けました。個人的には、古典的名作と言われる”The Americans”よりも好きです。以下で、彼女の写真の魅力について考えてみることにしましょう。

構図とタイミング

まずはその構図です。この写真集に収められている写真の多くが、被写体に真正面から向き合って撮られた正方形のストリートポートレートです。奇をてらったところのない、王道でストレートな写真と表現してもよいでしょう。

しかし、考えてみてください。上述したように、彼女はアマチュアの写真家で、また当時それほど多くの写真を見る機会はなかったはずです。ましてやプロの写真家に師事していたわけでもありません。おそらく完全に独学で(この点はちょっと定かではありません。間違っていたら教えて下さい)写真撮影を身につけたはずなのです。

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それなのに。どうしてこんなに完璧な構図とタイミングで撮れるのでしょうか。SNSに溢れる「良い写真」に食傷気味の現代の私達でさえ胸を打たれるような写真を。天性のセンスとバランス感覚に加えて、ひたすら撮り続けて自分の写真を見直し続けることによる自己研鑚の賜物であったに違いありません。

ユーモア

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マイヤーの写真には、どこかユーモアがあふれていてニヤリとさせられるものが多いのも特徴の1つです。女性的な愛にあふれた眼差しで(この表現はポリティカルコレクトネスに反するかも知れませんが、同時代の他の(男性)写真家とは一線を画するこの違いを、私にはこれ以外にどのように表現していいか分かりません)被写体を捉えた写真が多いです。

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それは老人であったり子供であったり、街の片隅で生きる普通の人々の自然な表情を残したものなのですが、どれも「決定的瞬間」と言えるもので、路上でどのようにこれを捉えたのか不思議でなりません。路上で知らない人にいきなり2眼レフカメラを向けられて引き出せる写真ではないように思えるのです。例えばアンリ・カルティエ=ブレッソンは「決定的瞬間」を捉えるために何時間も待ったり、何枚も撮ったり、ときには「演出」を加えたりすることもあったそうですが、彼女はどうやってこれらの写真を撮影したのか、とても気になります。

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画質

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表紙にもなったセルフポートレートにも見られるように、彼女は2眼レフカメラ(ローライフレックス)を首から下げて、街を撮り歩いていたようです。彼女のカメラは当時のストリートフォトグラファーが一般的に使っていた35mmのカメラではなく、よりサイズの大きい中版カメラでした。残された写真はそれゆえ非常に高精細で、現代の基準から見てもはっとさせられるものばかりです。女性が、大きな中判カメラを首から下げて歩き回る姿はかなり人目を引いたはずですが、彼女は相当変わり者だったそうで、そんなことは気にしなかったのかもしれません。

また、どれもピントがバッチリあっていて、ブレが少ないのも特徴的です。ただ面白いシーンに向けてシャッターを切っているだけでは撮れない写真だと思います。ただ感受性(被写体を見つける目)が豊かであったというだけではなく、カメラを操る腕も相当なものだったことが伺われます。

膨大なアウトプット

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マイヤーが残した写真は150,000枚に及び、さらに動画や音声の記録も残しているようです。あの時代のアメリカで、女性のアマチュア写真家が、それほど多くのフィルム写真を撮影出来たこと自体にまず驚きます(コスト的な意味で)。彼女はナニー(ベビーシッター)として働いていたそうで、決して裕福でなかったのです。晩年は彼女が育てた子供たちが家賃を負担していたり、貸し倉庫の維持費が払えなくなったことからも明らかです。そのような経済状況の中で、発表する当てもない写真を撮り続けたマイヤー。そのモチベーションはどこにあったのでしょうか。

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さらに驚くべきことに、彼女の写真にはほとんど同じカットがないそうです。つまり、同じ場所で何枚か撮っては次に行くというのではなく、ある場所で1枚撮って次に移動、ということを繰り返していたようなのです。しかも彼女が撮っていたのはフィルム写真。現像してみるまで何がどう写ったかはわからないのに、です。貴重なフィルムだから1枚しか撮らないという理屈も分かりますが、良いシーンに出会えたら念のため何枚か撮っておくというのが普通だと思います。彼女がいかに1枚1枚を大切に撮っていたのかがわかるエピソードです。

その上で膨大な数の写真を残すというのは、並大抵ではできないことです。きっと可能な限り街に出て写真を撮り続けていたのでしょう。”Vivian Maier: Street photographer”というタイトルはその覚悟と生き様を端的に言い表していると思います。

まとめ

彼女が残した写真を見ていると、周りの人に対するまっすぐで温かい眼差しと、社会や人を一歩離れたところから観察するような冷たい観察眼が同居しているような不思議な感覚を覚えます。

繰り返しになりますが、ヴィヴィアン・マイヤーはアマチュアの写真家で、全くの無名のままその生涯を終えました。人の写真を見ることも、人に写真を見せることもほとんどなかったようです。天性のセンスとバランス感覚を持っていた彼女にとっては、むしろそのことが良い方向に作用したに違いありません。彼女が残した写真の芸術的真価は、自分と向き合い、被写体と向き合い、自分の作品と向き合うことによってのみ得られたと考えます。

私も、もっと自分の写真を見なければなりません。他人の評価は、自分が納得できるまで自分の写真を深化させてから気にすればいいのです。今の私は、自分でも自分の写真の良し悪しがはっきりとはわかっていなくて、Flickrでfavoriteが付いたり、記事にブクマが付いたりするとその写真がよく見えてきてしまったり、逆に反応が悪いとその写真が悪く見えてきたりしてしまうのです。

もちろん人の目は大事です。でもその前に自分自身の目を磨いて、その審美感に適う写真を追求しなければなりません。この写真集には、そんなことを教えられました。彼女がすでに鬼籍に入ってしまったのが残念です。できればご自身で編集した写真集が見たかった。写真観を語って頂きたかった。彼女にとって写真とは何だったのか教えて欲しかった。もういないというミステリアスさも人気の一因ではあったのかもしれませんが、一目でファンとなってしまった私としてはそう願わずにはいられません。

ヴィヴィアン・マイヤーの写真はマルーフが運営するこちらのサイトで一部(といってもかなりの枚数が)公開されています。しかし、できれば写真集を手元において折にふれてパラパラと見てみることをおすすめします。サイトで彼女の写真が気に入ったらぜひ購入してみてください。また違う発見があるはずです。